『笑ゥせぇるすまん』

発売日 1993年9月17日
定価 7800円
メディア メガCD
メーカー セガ
内容  藤子不二雄A原作の漫画を素材にしたデジタルコミック。
 画面上の絵に「カーソルコマンド」というカーソルが出現し、 
 それを選んで実行すると、さまざまな変化が起こる。カーソル 
 コマンドの他に、行動の選択肢が文字で出ることもあり、その 
 答えかたなどによって話の展開が変わっていく。


 人生は選択の連続である。重大なことも、ささいなことも、突然ふりかかった
ように見える災難も、意識しているしていないにかかわらず、周りの流れに影響
を受けながら自分自身が選びとっている。人生は長い一編のアドベンチャーゲー
ムだ。これからどう生きていくかによってエンディングは変わってくる。そこに
は、膨大な数の選択肢が存在する。

「この世は老いも若きも、男も女も、心のさみしい人ばかり。そんな皆さんのコ
コロのスキマをお埋めいたします。いえ、お金は一銭もいただきません。お客様
が満足されたら、それが何よりの報酬でございます」
 ……「笑ゥせぇるすまん」こと、喪黒福造(もぐろ・ふくぞう)の出だしのセ
リフだ。こう言われてグラッとこない人は、真に強い精神を持っている。あるい
は自分の本当の心の状態に気づいていないか、認めたくないだけなのか。喪黒は
誰の心のなかにもある悪のささやき声が、姿をとって現われたものなのかもしれ
ない。

 原作の雰囲気が、感心するほどきっちり表現されている。開発者は原作の特質
をしっかりと理解しているようだ。グラフィックが良い。全部が全部ではないけ
れど、予想していたよりもずっと、藤子不二雄の絵を忠実に再現していて驚いた。
システム関係(特にセーブ画面)、画面の動かしかたなどのセンスも優れている。
 アニメーションの動きのひとつひとつが大切にていねいに描かれている。すこ
し次のセリフまで間があくかなと思うこともあるが、雰囲気に慣れれば、気には
ならなかった。このCDアクセスによる「間」を「作品世界の不気味さを表現す
るのにプラスになっている」と長所に受けとるか、逆にイライラするかで、この
作品を楽しめるかどうかが決まるだろう。

 普通のアドベンチャーだと、プレイヤーが選んだコマンドの反応は主人公中心
に動く。しかし、この作品ではプレイヤーの視点が主人公(喪黒がハメようとす
る「お客様」の立場の人)からはちょっと離れ、第三者として外から展開をなが
めているような感じになり、妙に新鮮な感覚をうける。遊んでいると、「追いつ
める側」「追いつめられる側」の両方の視点を持ってしまうのだ。これは、なか
なかスリルがあっておもしろい。

 物語の最後は、たいてい(一見)悲劇で終わるので、破滅を予感できてしまう。
でも、できればハッピーエンドで終わらせたいために、喪黒に負けてたまるか、
と思う。しかし、コマンドを選択していけば結局、主人公の破滅の後押しをする
ことになる。どうにかならないのかと考えても、選択肢はだんだんしぼられてき
て、否応なくそれを選ぶしかない。破滅の手伝いをしているようなダークな気分
におちいり、最後には予想通り、主人公はしっかりと罠にハマりこんでしまうか
自滅するのである。やっぱりと思いつつも、どきどきする。

 三本のシナリオが入っている。どれもマルチエンディングだ。説明書にちゃん
とエンディングの数が記されているのは親切だ。これが書いてないと、全種類の
エンディングを見たのかどうかがわからない。やはり、こういうことは隠さず、
雑誌や攻略本のお世話にならなくても楽しめるよう、説明書で公開しておいてく
れるほうがありがたい。

 マルチエンディングなので何度も同じシーンを通過することもあるが、前回聞
き損ねたセリフがわりと残っているので、まったく同一の繰り返しにはなりにく
い。セリフはボタンでスキップできるので、聞いたことのあるセリフだった場合
には飛ばすことができる。ボタン連打によるケンカシーンや、コマンド選択によ
る格闘シーンもあって、楽しい。世界は一気に『マイクタイソン・パンチアウト
!』か『ストリートファイター』だ。ひとつの話は、短いものから長いものまで
さまざまだが、原作の雰囲気を壊さず、一本のストーリーとして、じつに自然に
完結する。

 メッセージ表示はプレイヤーの行動選択肢以外には出てこない。声のみの場面
が続いて、TVアニメのようだ。画面がフルスクリーンなので迫力がある。アド
ベンチャー(あるいはデジタルコミック)というと、コマンド選択して同じセリ
フが反射してくるのを多少うんざりしながらながめている、といった感が無くも
ないが、この作品では一度実行したセリフを不自然に繰り返さない。繰り返す場
合でも大変自然で、思考の堂々巡りなどをうまく表現しており、臨場感がある。

 曲がいい。作品世界の雰囲気を盛りあげる。ちょっとした効果音もとても音が
良い。声優の質もいい。喪黒福造の声は、もうこの人しかできないのではないか
というほどハマり役である。ただでさえ喪黒の印象は強烈なのに、そこへ「アラ
ビン・ドビン・ハゲチャビン!」のハクション大魔王の声で「ドーーーーン!!」
と指をさされたら、一瞬画面の前で思考が硬直してしまう。やっぱり、声入りの
インパクトはかなりのものだ。

 TVアニメ版もかなりよくできていたが、この「メガCD・デジタルコミック
版」も、「笑ゥせぇるすまん」の世界を効果的に、さらに詳細に描きだしている
という点で大成功していると思う。ゆったりとしたテンポにイライラしなければ、
作品世界にひたることができる。

 原作をすべてこの調子でCD−ROMライブラリ化したら、デジタルコミック
として非常に充実したものになるにちがいない。こういうタイプのソフトが生息
できないようなゲーム業界であるなら、ちょっと悲しい。
 漫画を映像と音で表現する。ただのアニメとはちがい、自分で話を展開させる
ことで、より作品世界に入りこめる。「原作ファン向け」と対象を限定すること
なく、この作品に初めて触れる人でも気楽に楽しめる。これはゲームと呼ぶより、
大人の世界を描きだした“参加する映像漫画”といえよう。


'94 9/16 NIFTY-Serve FCGAMEM
     SEGAゲームマシン会議室 #1413(改稿)
                  (登録日 '96/11/13)
ソフト発売1993年9月備考なし