ひろい町中を、ひとりのエルフの青年が意気揚々と歩いている。大変な冒険をしている最中だと言わんばかりのボロボロの身なりとは対照的に、表情は明るい。ふと、最近できたばかりらしい、かわいい店の前でたちどまる。
「“てづくりの店ランドス・おいしい料理食べさせます”……へえっ、いいね。ちょっと入ってみるか、フライデー」
ヒョコッと彼の背中のバッグから、小さなサッキュバスの女の子が顔をだした。彼女の名はフライデー。縁あってライルと行動をともにしている。小悪魔らしく黒のイメージ、抜け目なさそうに光る目。しかしどこか憎めない。
「ライルってばほとんど携帯食だから、家庭の味に飢えてんでしょ」
「まーな。たまにはごちそう食って、英気を養わないと。ん、扉になんかビラがはってあるぞ……なになに?」
<本日はライル・フライデーご一行様の貸し切りになっております>
ふたりは顔を見合わせた。
「おまえ、予約でもしてたのか」
「そんなの、するわけないじゃない」
「だよな。とすれば、ワナか」
目をほそめてライルが言う。
「ふん、おもしろいじゃない。入ってみようよ!」
フライデーはまったく臆する様子がない。
好奇心旺盛な奴だと思いつつ、自分も興味をそそられながら、店のドアの前にライルは立った。ひと呼吸おき、ノブに手をかける。
カランカラン。
扉は何の罠もなく開いた。店内はせまいが、圧迫感は感じない。あちこちに置かれている観葉植物や植木ばちの花々のバランスがちょうどいい。部屋のなかはこぎれいに片付けられていて、その場にいる者を落ちつかせる。表に貸し切りと書いてあるから誰も入ってこないのだろう、他に客はいない。ライルは用心しながら、どさりとカウンターの席に腰をおろした。手は腰の剣にあてたままだ。
「静かだな」
「店の人はいないのかしら」
「……おーい、誰かいませんかぁー?」
呼ぶが返事はない。不気味な静けさに耐えきれなくなってきた、そのとき。
「いらっしゃいませぇ!」
人間族らしい人物が突如あらわれ、コップ一杯のお冷やをカウンターにトン、と置いた。リズミカルな動作である。瞬間、ライルは1メートルほど後ろへ跳びすさっていた。
「お、おどかすなよ! あんた今、いったいどこから出てきたんだ!?」
「ふふふ。お待ちしておりました。私は今回のあなたの冒険を、ずっと見てきた者です。まずはバッグをおろされたらどうです?」
言いながら店の主人は、小さな容器に入った水を、二本の指でつまんで置いた。
「こっちの小さいほうはフライデーさん用ね」
「……なんでオレたちのこと知ってる? あんたとは初対面だぜ」
ライルの問いには答えず、ただにこにこしている店の主人を注意ぶかく見つめていたフライデーが、突然カッと目を見開き、大声で叫んだ。
「ああっ! もしかして!」
「だ、誰なんだっ?」
「あなた、プレイヤーさんねっ?」
「正解☆」
「つまり」
背中のバッグを隣の席におろしたライルはコップ一杯の水を一気に飲みほした。
「この人は、おまえの知り合いなんだな?」
店の主人の正体が、ライルをゲームの間じゅう操作しているプレイヤーだということは、どうやらライルにはわかってもらえないようだ。それはそうだ、彼はあくまでも自分の意志によって冒険しているのだから。ま、いくら説明してもムダね、とフライデーは思った。
「今日は、お好きなもの何でもごちそうしますよ。いろいろおしゃべりしながら、ゆっくりしてってください」
「ひゃっほー! やったね! うーんと、何がいいかなぁ」
食べ物につられてうれしそうな顔のライル。すでに警戒心のカケラもない。
「あそこにメニューサンプルがありますから、お好きなのをここまで持ってきてください」
主人は入口付近の棚を指さして、そう言った。見ると、食べ物の形を型どったロウ細工のようなものがいくつか置かれている。
「めんどくさいな。口で注文するだけじゃダメなのか?」
「ご注文の際にはセルフサービス、それがこの世界の決まりですから」
ライルがしぶしぶ腰をあげ、サンプルを選びに行ったあいだに、フライデーは主人に話しかけた。
「あたいも、このシステムはめんどうだと思うわ。置いてある品数が少ないと、いちいちその画面を出て、また入り直さないといけないんだもん」
「そうですね。そのたびに同じセリフ聞かされたりして。エケエケの実なんて、ワゴンセールみたいにして一度にたくさん取りだせるようにしてくれれば楽なのに、と思いましたよ。どうせ9つまでしか持てないんだし。アイテムのひとつひとつが貴重なものに思えるし、自分で選んで買っている、という感じは出てて、好きなんですけど」
「おーいフライデー、おまえは何にするんだ? エケエケ料理でいいのか?」
「そうね、エケエケシチューでいいわ! ……まぁ、そこが他のゲームとちがって、味わいぶかいところでもあるんだけどね」